借金はすべて否であるかどうかの詳細

借金はすべて否であるかどうか

"借金をしている、という状態と言葉には嫌なイメージを持っている。
もしも、身近な人がへらへらと「私、借金してるんだよね〜」と笑っていたら、笑っている暇はないだろうとっとと金返せと口から出てしまうだろう。

借金で身を滅ぼした人の話も聞いたことはあるが、借りた金を考えなしに「自分の金」として転用する話であることが多い。
そのため、私は借金とは借金をしている人のモラルの低さを表しているように感じるし、もし借金しているとだけ聞いたら距離を置いてしまうだろう。

しかし、私の身近にも、案外借金をしている人がいる。その中でも、最も多い借金の内訳は奨学金である。奨学金は、返済無しの物もあるが、基本的には学業のために貸し出されている金だ。
おかしなことに、奨学金には借金という言葉の持つ俗な方向での嫌悪感は薄い。学業のための金という風に呼ばれ方を変えているためだと思う。

基本的には、お金なんて余所から借りないほうが良いとは思うのだけれど、使う用途やその時の状況によっては認められるものもあると思う。

他に、借金という名目でない借金としてはローンがあるだろう。こちらは奨学金に比べるとローンを組む対象によって、ネガティブな意味合いの借金に近くなってくる。道楽のためのローンならば、「お金を貯めてから買うことはできなかったの?」と聞いてしまうかもしれない。
そうならないローンは、必要なものに対するローンだろうか。例えば、車が必要な地域に転勤したときに車を持っていないからローンを組んで購入した、などという事例ならばローンという借金を組んだことに対して嫌悪はしないだろう。

このように例を挙げて考えた場合は、借金総てが否ではない。
しかし、お金は借りないほうが良いし、借りた金を無碍に扱う人とわかれば距離を置くのも変わらない。要は、なぜ借金するに至ったかだと思う。"